漫玉日記を読み、テキストサイトを更新する。という行為。漫玉日記が、かつてのテキストサイト郡に与えた犯罪的な影響たるや。オシャレだったり、スカシてたり、博覧強記だったりするテキストサイトになれない私等の教科書だった。悲しいまでにセンスの無い私等が出来る事といえば、悲しくなるほど自己を曝け出して見世物と化す事ぐらいだった。面白さと寂しさの化け物である桜玉吉と、ウンコと寂しさだけはパンパンに詰まっている自分という糞袋。とりあえず、ウンコを出せば皆面白がってくれるし、油断したら2秒で泣き出せるほどの寂しさもあるのだから、私にもなれるかもしれない。センスのかけらも無い私達はそう思っていた。桜玉吉になりたかった。あの頃、沢山生まれた、露悪的で自虐的なサイトの全ては、そんな思いだけで成り立っていた。そして、センスの無い私達は皆、桜玉吉の手法に倣った。私など「玉吉だって全然面白くない事を描いている時があるのだから、私の文章がつまらなくたって大丈夫」とさえ思っていた。

結果、皆倒れていった。ばんばん倒れた。第一、桜玉吉自身がその作品の中で倒れてるのだ。そんな手法を好んで真似る私達に、玉吉以上の精神力があるわけが無い。作品内で桜玉吉がしているように、自分を、周囲の人間を曝け出した私等は、当然玉吉と同じように苦しんだ。悲しい事に、その苦しみから生まれたものは、玉吉の作品のように寂しくなれなかった。桜玉吉は化け物だったが、私等は糞袋でしかなかったのだから当然ではある。糞袋の私達の苦しみは、単に見苦しく、それでも玉吉の模倣はやめず、嫌がる身内さえも曝け出すものだから、どんどん周囲から嫌われていった。オシャレだったり、スカシてたり、博覧強記だったりするテキストサイトがテキストサイトを辞めて飛躍していく一方、自意識の痰壷になった私達は、バッタバタ倒れ、腐って、嫌われて、消えていった。

それから幾年経ち。殆ど更新しないが私はまだテキストサイトをやりつつ、ノンビリしんどく、ほんのり楽しく生きさせて頂いてる。倒れていった人達もきっとSNSなんかにウツツをぬかし、しんどい事や間抜けな事は沢山起き、ノンビリしんどく、ほんのり楽しく生きたりしているのだろう。漫喫漫玉日記を読む限り、玉吉もそのような感じだった。

私等は、無事、桜玉吉になっているような気がした。

その事に嬉しさを感じるのは、桜玉吉が本当に好きだからなのだろう。あまり面白さを感じない話もあるし、些細な事で怒ってる描写に切なくもなる。けど、嫌いになれる気がしない。全く。それどころか、化け物のようなの寂しさで、私達糞袋を煽る。サイトを更新しない間、私等だって悲しく歳をとり、いっちょ前に寂しくなったりもしてきた。

だから、漫喫漫玉日記を読み、テキストサイトを更新したりしてしまったのだ。

市川春子の「25時のバカンス」ラスト3Pと「月の葬式」の最後の見開きが美しすぎて、しばらく黙ってしまった。「美しさ」で勝負できる人達が羨ましくてしょうがない。「淋しさ」「悲しさ」「汚さ」であれば、3年ぐらい籠城したまま戦える自信はあるのだけど、「美しさ」は完全に持ってない。引出にも本棚にもない。なので、女性に対して憧れる。歪んだ羨望であるとは思っているのだけど、産まれた時に「女性は生きてるだけで美しいと神聖化できる精神」にパラメータを全部振った上、そのパラメータのみを徹頭徹尾アニメ鑑賞で鍛えあげてた所、30歳でレベルカンスト。増えるパラメーターがお金以外無くなってしまった。私は終わってしまった。良かったー。無事、終わったー。後は、凄い人達に対して嫉妬するだけの楽な人生を、いや違う、全部違った、嫉妬じゃない。殺したい訳じゃないけどバットで殴りたい。死なないでいいから、バットで殴らせて。いや、それでもない。自分の抱いている気持ちが良くわからない。30過ぎてから、神になりたい願望が日に日に強くなっていくのだけど、どうにも無理と分かったあたりから生きるのがしんどい。20代までは、八百万の端っこぐらいにはいるんじゃないかな?とどっかで思ってたのだけど、誰もお供え物をくれないので違うっぽい。かといって、自分が人間である実感もあまり持てない。ヒントにならないか、と自分に似ている物を探したところ「作品を一つも残さず解散したバンド」ぐらいしかなかった。悲哀があるようで無い。ので、「淋しさ」「悲しさ」「汚さ」から「悲しさ」が消えた。そういえば、私にも恋人が出来ました。彼女は潔癖症を患っており、私が便を漏らすことを許す気配を見せないのです。許されるならいつだって便漏れしたい。今、文章をしたためているこの瞬間でさえ、ズボンの裾から漏らした便を無限に零れさせて、この世を、この世が無理なら、せめて住んでる地区町村ぐらいは埋め尽くしたいと思っているのです。けど、平成生まれの彼女は決して許してくれない気がする。「昭和ではそれぐらい普通だったって!」って言っても信じてくれなさそう。しかし、その彼女の眼差しが、私を市民足らしめており、その事に温かい気持ちで感謝もしているのです。という訳で「淋しさ」と「汚さ」も消えた。何にも無くなってしまった。たかだか数行で自信の全てが消え去ってしまった。終わってしまった事が証明された。やっぱサイトは良くないね。漫画の感想を書くのは、twitterぐらいがちょうど良いな。