無職、扇風機を買う。

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自分の財布で扇風機を買ったことがない。筈。一人暮らしをはじめた大学生以降、扇風機を使っていないという訳ではなく、むしろ、ガンガン使っていた。「強」で回っている羽根に指をそっと当てた感触とヴヴヴヴヴと鈍く鳴る音に欲情したりしていた。中心にオナホを付ける、というのはやっていない。そんなのはユーチューバーがやることだし、それを望むならオモコロでも読んでろ。そして、そこまで活用していながらも、扇風機というものに金を払う気持ちになれなかった。行動経済学的にみて、昭和50年代生まれの男性の思考能力はハムスター程度、とヘンテコノミクスに書いてあり、それゆえ涼を得るのに扇風機を優先しがちだが、ウォークマン、PC-8801、P-modelとともに1979年に生まれた私はエアコンを使う。1979年生まれは特別。電気の子なのでエアコンを愛す。結婚したい家電製品にウォシュレットを挙げる人は多いと聞きますが、どう考えてもエアコン。肛門周りを刺激される快感に魅了され中毒化している人達の気持ちはわからないでもない。気持ちいいものな。しかし、潔癖症でありながらウォシュレットを拒否する人達とは、とここまで書いたがで辞める。政争はしたくないし、無駄な人死にも見たくない。とにかく、エアコンに大枚を叩けるのだけど、その分、扇風機への愛着が薄い。扇風機は焼肉みたいなもので、元の素材をほぼそのまま御客に提供するだけであり、調理じゃねぇんだぜ。そんな店に星は挙げられないし、扇風機も元の空気をそのままほぼそのまま提供するだけ。それと比べて、エアコンはちゃんと調理してる。料理人の顔が見える。遠月十傑第四席ぐらいの顔をしていた。大体、扇風機というのは実家から盗んでくるものであり、金持ちの先輩からタダで貰えるものなのだ。そういう訳で、自分の財布で買ったことが無かったのでした。

売上数千億の大企業の気まぐれで雇われたのだけど、小市民の気まぐれで辞めてしまい、目下無職となり果てた。大企業なんてほぼ貴族であり、そこで働く人々も貴族面。片手にお菓子、片手にマウスを握り「オホホ、リーチマイケルリーチマイケル、オホホ」と私がさっぱりわからぬ羅惧美偉の話をしよるのです。オタクから搾取して生き延びている企業なのだから、せめてオタク殺しの顔をすべきでは?!と憤る私に奴等は「あらまぁ吉川さんこれでも食べて落ち着きあそばせ」と高級なラングドシャをくれましたので、泣きながら頬張りました。おいしかったです。反体制を気取る私は、そんなやつらのノブレスオブリージュに甘んずることが出来ず、発作的に退職。そもそも、私は反体制側の人間ではなく、権力者の庇護のもと、万人の弟として生きることを是としていました。2000年代のテキストサイトブームはそれで乗り切った。しかし、40歳になり。朝、鏡に映るのは弟の自分ではなく、顔にシミのある、頬が若干垂れ始めたアニメオタクの成れの果て。「ハルヒダンス」や「ジョジョ立ち」という言葉に嫌悪感しか持てなかった青年期の時点で、もうアニメオタクでさえなかったのだけど、見ない振りをして30代を駆け抜けた。しかし、この鏡に映る自分はどうだろう。こんなの弟ではない。ただの豚だ。変わらねばならない!太った豚より、痩せたソクラテスたれ! そう叫びながら鏡を割ろうと背筋を伸ばした瞬間、腰に激痛が走り卒倒。医者よりヘルニアと診断され、「ちょっと定期出社厳しいっす……」と会社に報告し、休職からのナァナァ退職コンボを決めるに至ったのでした。そんな反体制活動家への転身とその価値観の変化が「扇風機を買っても良いかも?」と私に思わせた事は、誰にも、30代までの私にも責めることは出来ない。などと長々と書き連ねましたが結局「老い」の一言にまとめられる。クーラーの冷気は時期的にまだちょっと寒いかも?という老いを受け入れるのに、これだけ言い訳を考えねばいけない。そんな老い。とは言えども、この国は米国相手に売春したので春が無くなり、冬の次が初夏になる国になってしまったため(反体制発言に成功)、晴れの昼間は少し暑い。そういう訳で、疫病が流行する平日の昼間、トレカと一個しか押されてないスタンプカードだけでパンパンに膨らんだ財布をぶら下げながら、近所のヤマダ電機へとプラプラ足を運んだのでした。

「田舎のヤマダ電機には人がいない。いわんやコロナ下ではなおさらで、そもそも、良識ある大人はヤマダ電機で物を買わない。ヨドバシとかコジマに行く。なので、無駄に広いフロアに私と店員爺数名がいるだけだった。接客などされるわけもなく、消毒液使い放題。20プッシュぐらいしてビショビショになった手で、身の丈に合った扇風機を探す。反体制パンクス、つまり無職の私には、まず5000円以上の扇風機は似合わないし、買いたくもない。たとえ老いて性格が変わったとしても、風を送るだけの木偶の坊に5野口=1樋口はバカバカしい。そんなのロックじゃない。ましてや、税込みで40000円に届くダイソンの扇風機など、発狂した成金がおしっこ漏らしながら狂人の笑顔で購入する物で、プロレタリアたる私には全く理解できませんでした。少なくとも、故郷のホルガ村で使っている人はいなかった。あと、マイナスイオン発生装置付も除外。僕は疑似科学にはうるさいんだ。」と一息で呟きながら物色を進めていると、4980円の手ごろな物を発見。去年までなら、4980円あればブックオフで半月過ごせる、と見送っていましたが、40歳の私には年相応。やぁ、とびっこのリモコンにそっくりなリモコンも付いているじゃないか。これで、扇風機をコンビニに行かせ、レジの時にいきなり「強」にしたり、リズムにしたりで遊べるではないか。頬を紅潮させ膝をガクガク震わせる扇風機に、コンビニ店員も心配になって「大丈夫ですか?」と声かけする瞬間、私は「首振り」ボタンを押すのです。愉悦。店長、こいつを包んでくれ!と指を鳴らそうとするも、スナップに失敗し、スフッという間抜けな音が私だけに聞こえました。当然そんな演劇じみた事はしておらず、普通にスイッチを入れて回転音を聞こうとしたのですが、びくとも動かず。なんぞ、と思い他の扇風機のスイッチも押してみるも、そちらも動かず。ははぁ、これはアレだ、スイッチを入れたときに狂人が扇風機の後ろで口を開けて「オロロロロロロロロロロ」とか言っていたら、その扇風機の風でなんか良くないやつが舞ってしまうからだな。ならばしょうがない。時期柄しかたない。なので、風試しを行わないままの購入を決意して、すみませーん、と店員を呼ぶも、何の反応もない。どうしたものかと、遠くにあるレジの方を見ると、店員爺達が集まっている。聞こえなかったのかな、と思いもう一度店員を呼ぼうとしたとき、爺達が私を指さして「オロロロロロロロロロロ」と言っているのに気付いてしまったのです。

そうやって、無職の私は、遂に扇風機を買ったのでした。扇風機を抱えながらの帰り道、「買ってしまった! 扇風機を! 買ってしまったんだ!」とアワアワしながら歩いていました。そして、家につき、組み立て、コンセントに繋げたところで、どうすればいいか分からなくなってしまいました。このまま、電源を入れてしまって、羽根が回ってしまっていいのか。回ってしまったら、今までの私を殺してしまうことにはならないか? 回ってしまう前と後で世界は決定的に変わってしまう。そんな葛藤など知らない恋人は、私がヤマダ電機に行く前からずっと別途寝てる。なんだか少し寝苦しそう。そうか、私は変わってなかった。色々言い訳を付けたけど、別にクーラーで構わなかったし、反体制でもパンクスでもなかった。冷え性の恋人が暑くて寝苦しそうだから、扇風機を買おうと思ったのだった。40だからね、それくらいの理由でパッと買えるんだ。この扇風機が回ることで、世界と私が変わってしまったとしても、そんなこと大したことじゃない。私たちは大丈夫だ。そう呟きながら、扇風機の電源を入れました。

ヴヴヴと安物の音を挙げながら回る扇風機。昔を思い出して、カバーを外して指をあててみるけど、欲情は起きない。やっぱり、世界と私は変わってしまった。でもきっと大丈夫。